この記事でわかること
- 「みんな忙しいから自分でやらなきゃ」という思い込みが、抱え込みの悪循環を作っていること
- 頼られた側は、実は嬉しいことが多いということ(頼られた僕自身の実体験から)
- 小さなお願いが、負担を減らすだけでなく、職場の信頼の貯金を増やしていくこと
「自分でやらなきゃ」が僕を追い込んだ
誰かに仕事をお願いすること。先生方は、これがとても苦手ではないでしょうか。
僕は、ものすごく苦手です。過去形ではありません。今も得意とは言えません。でも、この「頼れない」が自分をどこまで追い込むかを、僕は身をもって知っています。
かつての僕は、残業が月160時間を超え、学校で車中泊をすることさえありました。仕事を抱え込み、体調を崩し、コンディションの悪い頭で判断を誤り、仕事が増え、また抱え込む。完全な悪循環です。その悪循環の入り口の一つが、間違いなく「頼れないこと」でした。

なぜ頼れなかったのか。周りを見れば、みんな忙しそうにしている。自分も忙しいけれど、周りも忙しい。だから「自分のことは自分でやらなきゃ」。そう強く思い込んでいたのです。
この思い込みは、職場だけの話ではありませんでした。家でも、妻に何かをお願いするのが苦手でした。僕はもともと、片付けたい・ちゃんとさせたい気持ちが強い人間です。食事のあとのテーブルは早く片付けたいし、部屋が散らかっていたら早く元に戻したい。妻はそこに、僕より余裕を持っているタイプです。だから僕は、お願いすればいいのに、協力すればいいのに、自分で動きながら、心の中で「なんでしないんだろう」とイライラを募らせていました。正直に書くと、これは今もすべて解決したわけではありません。それでも少しずつ、頼むこと、協力し合うことが、できるようになってきました。
そのきっかけは、一つの「知識」でした。
転機:「人は頼られると、意外と嬉しい」と知った
心と時間に余白ができて、心理学の本や動画で学ぶようになった頃、僕はあることを知りました。
人は、頼られることを、意外と嫌がらない。むしろ、相手を尊重したお願いであれば、「頼られて嬉しい」と感じることが多い——。
最初は半信半疑でした。でも、自分に当てはめてみて、腑に落ちたのです。
思い返せば僕自身、いろいろな仕事をお願いされてきました。断りきれない性格もありました。でもその中に、確かにあったのです。「自分の力を認めてもらえた」「誰かの助けになれる」という、嬉しさが。特に、自分の強みを生かせるお願いをされたときは、負担よりも「よし、やろうか」という気持ちが先に立ちました。
頼られた側だった僕の、3つの話

「頼られると嬉しい」を、僕は頼られた側として、何度も体験しています。
一つ目。以前いた職場に、クラブ活動の時間がありました。僕は、あるクラブの補助的な担当でした。あるとき、別のクラブを中心となって見ていた先生が長期のお休みに入ることになり、そのクラブの指導の柱が、ぽっかり空いてしまったのです。誰が担当するか。そのクラブに補助で関わっている先生を繰り上げる、という考え方もできたはずです。でも管理職がお願いに来たのは、専門外の僕でした。「これまでの指導のキャリアと実績があるから、競技は違っても、任せられると思う」。そう言われたとき、負担が増えることよりも先に、自分のやってきたことを認めてもらえた嬉しさが立ちました。引き受けることを決めました。
二つ目は、休みの日の話です。僕はこの7年間、お金についてコツコツ学んできて、身内や近しい人からは「お金に詳しい人」と思ってもらえるようになりました。あるとき、妻の友人から「お金のことで相談したい」と連絡がありました。仕事が休みの、家族とゆっくりできるはずの日です。それでも僕は、快く引き受けました。自分の強みが生かせること。そして何より、わざわざ僕を頼ってくれたこと。それが嬉しかったからです。話は2時間近くに及びましたが、まったく苦ではありませんでした。むしろ、人の役に立てて、自分の学びが生きた、とても良い時間でした。
三つ目は、逆の立場——僕が「頼んだ」話です。教科の主任を決めるとき、同じ教科にはもう一人、僕より経験豊富で、学校の外の教科の集まりにも所属されている先生がいました。書類仕事の多い役割です。僕は思い切ってお願いしました。「先生のほうが、おそらくうまくいくと思うので、お願いできませんか」。その先生は、快く引き受けてくださいました。事務作業が苦手で経験も浅かった僕は、本当にありがたかった。そして、深い感謝の気持ちが湧きました。だからその後、その先生から「ここ、授業に入ってもらえないかな」とお願いされたときは、「いいですよ」と快く引き受けました。授業をすること自体は、僕にとって嫌なことではなかったからです。
頼り、頼られ、感謝が行き来する。『GIVE & TAKE』(アダム・グラント)という本に、与える人こそ成功するが、自分を犠牲にしすぎないことが大切だ、という話があります。後付けかもしれませんが、僕の実感はまさにこれです。無理をしない範囲で、自分の強みで誰かの役に立つ。それは全然、嫌なことではありませんでした。
断られても、それはただの「事実」
「でも、断られたら気まずい」。そう思う方もいると思います。
今の僕は、学校全体に関わる仕事を任されていて、先生方にお願いをすることがとても多い立場にいます。「この日に授業を見せてもらえませんか」「このアンケートをお願いできませんか」。そんなお願いを、日常的にしています。
経験から言うと、ほとんどの先生は、快く引き受けてくださいます。そして、まれに断られることもあります。「都合が合わない」「それは自分には苦手で」。でもそれは、僕がお願いしたから嫌だ、ということではありません。ただ「今はできない状態」だという事実。僕はそう受け止めるように心がけています。
それに、断られても、そこで終わりではありません。日程が合わないのであれば、「では、この日かこの日なら可能ですか」と調整してみる。すると、快く引き受けてもらえることも多いのです。
逆に、僕自身も、頼まれごとを断ることはたくさんあります。たとえば飲み会は、だいたい断ります。子どもたちのために時間を使いたいからだと伝えていますが、お誘いくださった先生が嫌な顔をされることはありません。「そっか、OK」と軽く流してくださいます。
断る・断られるは、ただの事実のやり取りです。嫌われるんじゃないか、忙しい相手にお願いするのは悪いんじゃないか——そう重く考えず、もう少し軽い気持ちで頼ってみていいのだと思います。
一つだけ気をつけたいこと:返事は早く
ただ、一つだけ、気をつけていることがあります。それは、返事を長く保留にしないことです。
たとえば「この日、参加できますか」と聞かれて、「予定を確認しますね」と答える。ここまではいい。でもそのまま1日、2日、1週間と待たせて、最後に「すみません、参加できません」——これは、相手にとって一番困る断り方だと思います。相手は返事を待つ間、次の動きが取れないからです。
だから僕は、頼まれたときも断るときも、考える時間をもらうことはあっても、できるだけ早く返事をするよう心がけています。相手の時間を奪わない。相手が次に動きやすいようにする。頼り合う関係は、この小さな心がけの上に成り立つのだと思います。
小さなお願いから、信頼の貯金が始まる
先生方は真面目な人が多く、抱え込みがちです。かつての僕も、そうでした。だからこれは、自分自身に向けたメッセージでもあります。
もう少し、気楽に頼んでいい。雑談っぽくでいいのです。「先生、今こういう仕事があるんですけど、ちょっと手伝ってもらえませんか」。そのくらい軽く言ってみて、いい。
僕自身、少しずつそれができるようになって、確実に負担が減っています。そして気づいたのは、減ったのは負担だけではない、ということです。お願いをすると、コミュニケーションの回数が増えます。感謝の気持ちが行き来します。信頼の貯金が、少しずつ貯まっていきます。頼ることは、仕事を減らす技術であると同時に、職場の人間関係を良くしていく入り口でもあったのです。

抱え込んで、すり減って、心の余裕をなくしてしまう前に。まずは一つ、小さなことから、近くの先生にお願いしてみませんか?

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