お金の不安を抱えている先生方、まず”3つの誤解”を手放してみませんか?

教員の私が、お金の不安を減らすために手放した3つの誤解のアイキャッチ

この記事でわかること

  • 教員がお金を学ぶ意味と、それが教育の質に繋がる理由
  • 派手な投資ではなく「やめない仕組み」が、教員の働き方と相性が良い理由
  • 経済的自由を待たず、今日から豊かに生きるための考え方

お金の話を避けてきた、かつての私

夜のリビングでお金について学ぶ先生のイラスト

教員という仕事は、お金の話を避けがちな職業だと感じます。「お金より、子供のために頑張ること」「給料の話をするのは下品」、そんな空気がどこかにあるように思います。私自身もかつて、まさにそうでした。家計簿もつけず、貯蓄は職場で勧められた保険にすべて任せ、給与は銀行口座に流れて消えていく。それでも「教員なら安定しているから大丈夫」と、なんとなく信じていました。

しかし、ある時期から私は、お金についてしっかり学ぶようになりました。きっかけは育児休業中の時間的余裕でしたが、勉強を進めていくうちに、自分がこれまで信じてきた常識のいくつかが、実は誤解だったことに気づきました。

その誤解を一つずつ手放していく過程で、お金への不安が和らぎ、そして不思議なことに、教員という仕事がもっと好きになっていきました。今日はその体験を、3つの誤解という形で共有したいと思います。

誤解①「お金の話は俗っぽい」という誤解

私がかつて持っていた最も大きな誤解は、「お金の話は俗っぽくて、教員にはふさわしくない」という感覚でした。お金のことばかり考えるのは品がない、子供の前に立つ教員が金銭感覚を磨くなんて違和感がある、そう思っていました。

しかし、お金の勉強を始めて気づきました。お金の知識は、自分の生活を守るだけでなく、教員としての自由度を上げてくれるものだったのです。

経済的に余裕があれば、不要な仕事を断ることができます。お金の不安がなければ、目の前の子供たちに集中できます。家族との時間を優先する判断もしやすくなります。「お金の不安なく、教えたい授業ができる教員」、これは私が目指したい姿の一つになりました。

考えてみれば、お金に振り回されている大人より、お金との付き合い方を整えている大人の方が、子供たちにとっても良いお手本になるはずです。私たちは「働くこと」を教えますが、「働いた対価をどう扱うか」も同じくらい大切なテーマです。お金の話を学ぶことは、自分のためでもあり、子供たちのためでもあったのだと、今は感じています。

誤解②「お金は派手な手法で増やすもの」という誤解

お金の増やし方を「派手な手法」と「やめない仕組み」で比べた図解

二つ目の誤解は、「お金を増やすには、何か特別な投資手法や情報が必要だ」という思い込みでした。デイトレード、個別株の選定、暗号資産、不動産投資、そんな世界の話を見ては、「自分には無理だ」と感じていました。

しかし、教員にとって本当に必要なのは、派手な手法ではなく「やめない仕組み」だと、今は思っています。

教員の給与はある程度予測できます。残業代はつきませんが、その分、安定した収入が長く続きます。これは長期積立投資と非常に相性が良い特徴です。毎月決まった金額を、自動でインデックスファンドに積み立てる。それだけで、20年後、30年後には大きな差になります。

私自身、毎月の積立はオルカン(全世界株式)を中心にしています。一度設定すれば、あとは基本的に何もしません。相場が下がっても、上がっても、淡々と同じ金額を買い続けるだけです。投資について常に考え続ける必要がないので、その分の脳のリソースを、本業や家族、自分の成長に使えます。

判断を減らすこと、感情を排除すること、設計で勝つこと。これは、実は授業設計と同じ思考法です。よく考えれば、教員が一番得意な領域かもしれません。

誤解③「経済的自由を達成してから人生を楽しむ」という誤解

今日のささやかな豊かさとして子どもと本を読む先生のイラスト

三つ目の誤解は、「お金を貯めて、経済的自由を達成してから、本当にやりたいことを始めよう」という考え方でした。

これは、お金の勉強を始めてからもしばらく抱えていた誤解です。「資産が一定額になったら、もっと時間に余裕のある生き方をしよう」「経済的自由になったら、家族との時間を増やそう」、そう思っていました。

しかし、ある時気づきました。今日できることを、未来に先送りしているだけだということに。

朝5時に起きて散歩することは、お金がかからずに今日から始められます。家族との夕食を大切にすることも、今夜できます。読書も、運動も、自分の発信も、ブログも、全部今日から始められるのです。

私は給与を減らしてでも部分休業を取得し、週10時間の余白を確保することを選びました。最初は給料が減ることへの不安もありましたが、その余白で得たもの、家族との時間、自分の思考、運動、ブログを書く時間は、減った収入をはるかに上回る価値がありました。「収入」ではなく「人生の総合満足度」で意思決定する。この視点を持てるようになってから、お金との付き合い方も、時間との付き合い方も、大きく変わりました。

経済的自由はゴールではなく、その途中の道のりこそが人生だと感じています。お金を貯めながら、同時に今日も豊かに生きる。この両立は、設計次第で十分可能です。

まとめ:お金を学ぶことは、自分の人生を取り戻すこと

手放した3つの誤解と、手放した後の変化を整理した図解

お金の話を避けてきた頃の私は、毎月の給料がどう使われているかも把握しておらず、将来への漠然とした不安を抱えながら、目の前の仕事に追われていました。お金を学ぶようになってから変わったのは、資産の額そのものよりも、「自分の人生を自分でコントロールしている」という感覚でした。

「お金の話は俗っぽい」という誤解を手放し、自分の生活を整えることに意識を向ける。「派手な手法が必要」という誤解を手放し、教員の安定性を活かした長期積立を淡々と続ける。「経済的自由を達成してから楽しむ」という誤解を手放し、今日できる豊かさを今日から実装していく。

この3つを手放してから、お金への不安はかなり和らぎました。そして何より、教員という仕事に対する向き合い方も変わりました。お金のことで頭がいっぱいだった頃よりも、ずっと落ち着いて、目の前の子供たちに集中できるようになったと感じます。

お金の勉強は、決して俗っぽいものではありません。むしろ、自分の人生を整え、子供たちに良い背中を見せるための、誠実な学びだと思います。

将来のお金に漠然とした不安を感じている先生方、まずは小さな一歩から、お金について学んでみませんか?その学びはきっと、あなたの教員人生をもっと自由で、もっと豊かなものにしてくれるはずです。

※本記事は私個人の体験と考えの共有であり、特定の金融商品の推奨ではありません。投資には元本割れのリスクがあります。投資判断はご自身の責任でお願いします。

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